2018年04月30日

長い神諭になります

 明治三十六年七月三十一日

 艮の金神変性男子のみたまが現れて、世界の守護を致すには、この世に今迄になかりた事ばかりを致さねばならんから、実(まこと)に大望であるぞよ。永き世の終末(しまい)となりた世の中を立て替えるには、世界の人民を守護いたして居る闇雲の守護神の心が、金輪際見苦しき事になりてしもうて、世の立て替えを致すのにかかりかけが出来んような酷(ひど)い状態(こと)になりて居れども、ドウしても今度は水晶の神代に立て替えいたさねばならん、変性男子のみたまの役であるから、何時も直が心配をいたすのを見て居る神も辛いから、この中の二人と役員のみたまが水晶に磨けて来んと、誠の教えが立たんから、明治二十五年からの筆先を役員と二人とがすっくり腹へ入れたら、大きな声で物を言うの言えんように成るから、そう成って貰わんと神が表に現れる事が出来んぞよ。この曇りた世を立て替えるには、世間(ひと)から何ンとした結構な御道で在ると申して、この中へ来いでも改心を致すくらいに、この中から成って貰わな、誠の神の威勢は出ぬよって、日々にこの中の様子を見て、神と出口とが気苦労をいたすぞよ。

 口で言えば行かず、筆に出せば気に障るなり、この曇りた世の中の彼方此方(あちらこちら)の一切の事を構わねば物事は成就いたさんし、今では直が肉体心で勝手に申すように、わが子でさえも未だに此処(大本)へは立ち寄らん様な事なり、肝心の上田会長は少しも力に成って呉れず、一々反対ばかり致すなり、出口直はまだ一人で辛い事なれど、これが変性男子のみたまの御役であるぞよ。それで明治二十六年に出口直が牢(座敷牢)へ入りて居る折に、推量節が作りてあるぞよ。

 『今度の推量節は何処から流行る、綾部出口の屋敷から推量々々』と申してあるぞよ。出口が座敷牢へ入りて居る折、夜の十一時と思う時分に、二十歳(はたち)ぐらいな声で二人が牢の傍(そば)で、推量々々と謳(うた)うて居る声が致した事がありたが、あくる日の朝になりて明神(みょうじん)の高倉稲荷と鬼嶽稲荷でありたが、推量節を唐土天竺(からてんじく)へ広めに行くのでありたと云う事が直に分かりて喜びたぞよ。


 推量節が流行りて来るように成りたら判りて来るなれど、〇〇きち(清吉・開祖様の息子)の心と出口の心を推量せいとの歌でありたぞよ。それから十一年の今日になるまでの出口直の気苦労と申すものは一通りの苦労では無いが、どの教祖でも中々の苦労を致して居るが、この綾部の艮の金神を世に出す教祖はまた一層の骨が折れるから、ひととおりのみたまでは世に落ちた地の先祖の生き神を世に出すと云う事はむつかしいぞよ。後の世継ぎと成る人が山奥に潜(かご)みて居る様な落ち着いた、何事が出てもビクともせぬ魂(たましい)になりて下さらねば、今のような事では、艮の金神が国常立尊と世界に現れて、昔からの因縁を、神のそばへ引き寄して話して、世界の人民に言い聞かすと言うとこへはまだまだ行かんぞよ。

 我が身や世界の良くなる事ばかりを何ほど待ちて居りても、肝腎の行いがでけんと、誠の生き神が世界の表へ出た所で、そこらが見苦るしくて神を(の)居る所(とこ)も無いぞよ。にわかにとち面貌をふりてお陰を落ちるような事の無いように、胴を据えて居らんと、これからの世界は一日増しに激しく成りて来るぞよ。チョロコイ心ではこんな誠の神の御用は務まらんぞよ。艮の金神が肉体へ入りての正実(しょうまつ)の御用いたすのは、変性男子のみたまで無いと、イツまでかかりたとて今度の二度目の立て替えの仕組みは、人民の知らん事であるからむつかしいのじゃぞよ。

 今が世界大洗濯の初発(しょっぱつ=しょはつ=初じまり)であるから、ここへ(大本へ)立寄る人はよほど心を改めて来て下されよ。今はかかり(始まったばかり)であれども日増しに辛くなるから、その覚悟をいたして居らんと、外(ほか)の教会のやり方とはさっぱり天地の違いであるから、各自(めいめい)にみたまを改められると辛いぞよ。これまでの世界は夜の国の守護でありたから、ドンナ事を致して居りても罰も当たらず、大悪人の覇張(はば)るに都合がよく出来て居りて、神の力と云うものも少し位より現れなんだが、これからは影であらためてある事を厳重に現してしまうぞよ。

 この世がこう言う事に乱れて居ると云う事を、出口直の一番姉娘の米(よね)にさして見せてあるから、これを見てこの中へ立寄る人は心得て下されよ。我が子にして見せねば、ひとの子に此処から瑕(きず=傷)は付けられんから、神と出口の心を推量いたして、めいめい(各自)にみたまを研いて、日本魂に成りて下されよ。今の世の中に清らかな水晶の人民は何程も無いぞよ。何れも皆深いめぐりが有り勝ちじゃぞよ。誰も雪隠(せんち=せっちん=便所)で饅頭を喰うたような顔を致して居れど、神界(かげ)ではモウ何事もよく調べてあるから、此処へ立寄ろうと思う人は誰によらず激しき改めをいたすから、その覚悟で居りて下されよ。我が子、ひとの子、親、兄弟の隔ては出来んのが神界の規則であるぞよ。

 改心の出来た守護神に使われて居るみたまは善く成るし、誠の判らん守護神に使われて居る人民は可哀想なから、上から改心をさせねば成らんと申して、筆先に毎度出して気を付けてあるぞよ。何事も時節が近よりたから、変性男子の御役は誠に辛いぞよ。人にさせられんつまらん事を我が子にさして鏡に出して置いて、人の心を直さねば成らんと云う、実(まこと)に辛い変性男子の役であるぞよ。上から下まで、隅から隅まで、さっぱり闇世に成りて居る世を根本から立て替えて、昔の神代の世に戻さねば成らん神界からの御役であるぞよ。

 ※ 続きます。
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2018年04月27日

つづき

 今度の世の立て替えは、昔から因縁のある変性男子と、女子とのみたまでないと、物事成就いたさんから、外の役員何程知恵で考えて相談をしてやりても、途中で邪魔が入りて、虻蜂(あぶはち)取らずの事が出来いたすから、この大本の仕組みは女子に致さすから、われの我でやろうと思うたら、物事九分九厘(くぶくりん)の所(こと)でかえるぞよと申して、毎度筆先で知らしてあれど、今の人民は鼻が高うて、われほどエライ解りたものは無いと思うて、慢心がきついから、何時でもしくじりが出来るぞよ。人民の考え位(くらい)で出来る事なら、三千年あまりて神は悔しい残念を堪(こば)りて、こんな苦労は致さいでもよいなれど、今度の仕組みの事は中々口で申すような浅い小さい事でないから、この大本の中の仕組みは、何事も機織(はたお)る人の指図に従うて致さんと、利口を出していたしたら、神の精神と合わんから、かえって気の毒な事が出来るぞよ。

 艮の金神は三千年あまりて仕組みた事を、筆先で知らしてこの世のとどめを刺して天の大神様に御目にかける御役であるなり、坤の金神は実地の仕組みを致す御役なり、大地の根神禁勝金の神は金の守護いたすなり、竜宮の乙姫殿は日の出の神と引き添うて外国での御働きを遊ばすなり、四魂揃うて三千世界の立て替え立て直しを致す、大望な御役であるから、この大本へ立ち寄る人はその心で居りて下さらんと、物事九分九厘で成就いたさんぞよ。



 今迄の世は外国のみたまが覇張(はば)る世で、金で面を張る世で在りたなれど、二度目の世の立て替えをいたす綾部の大本は金では面は張らさんぞよ。さっぱり今迄とは物事を替えて、天地上下(うえした)に致すのであるから、上へ上がりて外国のみたまになりて居りた人民は、心の底から改心いたさんと、日本の間に合わん事に成りて、気の毒なものであるぞよ。この神表に成りかけたら我もわしもと申して、金銀持ちて世話さして呉れと申して、詰めかけて来るなれど、今度はみたまに因縁の無き人民の金は用いられんぞよ。今は態(わざ)とにこの大本の中は、淋しく致して見せてあれど、先に成りたら金銀は雨の降る如く、ことわりに困る様に成りて来る、世界の大本であるぞよ。神の道はチットも慾は致されんから、金が欲しい様な精神では、今度の大望は成就いたさんぞよ。

 これまでの世は大将が無い同様の世に成りて、強いもの勝ちの世でありたから、自分(われ)さえよけりゃ他人(ひと)は如何様(どない)成ろうとも、構わん世に成りて居りたから、二度目の天の岩戸開きを致して、新(さら)つの(新しい)世に致して、神世一代の事、この世一切の事を改めいたして、この世を持ち荒らした守護神の改めにかかりて、野天狗、野狐、狸、この世の風来者をそれぞれ埒(らち・きまり)を付けて、悪の守護神に使われて居りた肉体(人間)は、外国根の国底の国行きと致すから、その覚悟を致されよ。出口直の日々の願いが耳へ入る守護神なら、この大本から構うてやれば、万古末代の結構な事であるなり、根の国底の国に落とされたら、モウこれからは日本のお土を踏まして貰う事は出来ん事に成るから、気を付けたので在るぞよ。

 ※ 艮の金神と名を名乗られた大神様は、星のうしとらの方位、この列島に身を落とされたのです。故に、日本列島は、ありがたい事に龍体なのです。私たちは何と、大神様の背に乗せて頂いて居るのです。






 素盞鳴尊の霊魂が悪に反りて、天地の岩戸を閉めた故に、天も地も妖気きり(くもり・「火の巻」では「くさりきり」)てしもうて、草木の色まで天然の光も出んようになりて、稲にも、豆にも、野菜物にも、花にも、果物にも悪い虫が湧くようになりて、十分の収穫(とりいれ)も出来んようになりて居るから、今度は一番にこの霊魂から、改心をして貰わねば、天地の岩戸は何時までかかりても開けんから、変性女子の改心が一番であるぞよ。今度天地の岩戸が開けたら、草木も、人民も、山も海も光り輝いて、誠にそこら中がキラキラ致して、たのもしい世の穏やかな世になるぞよ。これが誠の神世であるぞよ。雨も欲しい時分に降り、風も欲しい時に吹いて、人民のみたまも清らかになりて、天下泰平、天地の御霊が勇む世になるぞよ。月も日もモット光りが強くなりて、水晶のように物が透き通りて見え出すから、悪のみたまの隠れる場所無きようになるぞよ。時節が来たぞよ用意をなされ。




 今度の御用は各自(めいめい)同じ御用はさしてないぞよ。昔からみたまの因縁だけのことをさすぞよ。出口直には筆先で知らさすなり、純子(すみこ=澄子)には筆先の代わりに口で言わさすなり、上田喜三郎は出口王仁三郎と名を替えさして、神界の仕組みの御用に使うなり、役員は役員でめいめいに違うた御用を致さすから、同じ御用は一人も無いぞよ。皆みたまに因縁ありての御用を神が致さすのであるから、素直に聞いて下さらんと、我を出したらしくじりが出来るぞよ。神は何事も前つ前つに気を付けるぞよ。

 この大本は筆先通りに致さねば、人民の我でやろうと思うたら、何一つ物事成就いたさんぞよ。ドイライ(ドエライ)目覚ましに会うて、世界の人に顔も合わされず、大きな息もようせずに、家の隅々に隠れて居らんならん事が出来いたすから、筆先を十分に見つめて、その行いをいたして下されと、クドウ申すのであるぞよ。この神の申す事を軽くとりて、何時も同じ烏が啼(な)いとるくらいに思うて、何時までもシブトウ聞かんと、何時船が覆(かえ)るやら知れんから、この大本へ来て御用をいたそうと思うたら、余程しっかりと致さんと、肝腎の時の御用には使わんぞよ。神の申すうちに聞かんと、モウ神は堪忍袋(こらえぶくろ)が切れるから、この堪忍袋が切れたら、到底叶わんぞよ。

           (「神霊界」大正八年五月十五日号)
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2018年04月26日

長い神諭が続きます

 明治三十六年七月二十七日

 艮の金神稚姫岐美(岐美=君)命が出口の守(神)と現れて、世界の守護を致すと、人民からは見当が取れん仕組みが致してあるから、この綾部の大本の仕組みは前(さき)には言われんのであるから、この仕組みを解(わか)る人民なれば偉いなれど、これが皆解りたら物事成就いたさんから、出来上がるまでは肝腎の仕組みは申さんぞよ。

 人民というものは如何様(どない)に申しても、心の早う変わるものであるから、よい事じゃと思うたら直ぐに喜ぶし、これは面白く無いと思うたら、直ぐに心が変わるし、夏咲く花の紫陽花の色ほどくれくれ変わるから、十分見届けたその上でないと神は申さんぞよ。どんな嬉しき事でもさほどに喜ばず、つまらいでもさほどに心配をいたさずに、昔からチットも変わらぬ色の松心で居らねば、こんな大望な世の立て替えの御用を致す、神の入れ物に成らねば成らぬ御用であるから、大本へ立ち寄る人は、人に十倍の改心が出来て居らんと務まらんぞよ。

 ※ 「つとめ」という言葉ですが、大本神諭には「勤め」で当て漢字がしてあります。勤めは「仕事として」「仏道の日課の修行」というふうに使われています。私は宗教組織の人間ではありませんので、「努め」とします。努めは、「役目、任務」「奉仕」とありますので、こちらの方がふさわしくおもいます。






 今度の大本の中の御用は、よほど神の心を汲み取らんと取り損ないを致すぞよ。筆先に出しては在るなれど、腸を引き分けて見て是でならと、この方がよく見届けんと、実地のまことは申さんぞよ。この筆先はチットも嘘は書かして無いなれど、みたまが水晶に研けて居らんと、何も分かりは致さんぞよ。曇りたみたまが見たら曇りて見えるぞよ。心々に取れるから、トコトンまで改心いたして、みたまを研いて居らんと、誠のお陰は取れは致さんぞよ。水晶みたまにはまたと外には無い、結構な筆先であるぞよ。

 ※ 「水晶みたま」=神様の筆先を素直に受け取る心のみたま





 誰もこの方(このほう=神様のこと)の心は汲み取れまいが、後で恥ずかしく無いように、おおもとの解らん内に心得ておかんと、後になりてからは取り返しが成らんから、同じ事ばかりを度々書いて気を付けておくぞよ。出口が肉体で申すと思うて油断を致したら、先でジリジリ悶えても、後の後悔は間に合わんぞよ。

 ※ 「出口が肉体で申すと思うて」 特に王仁三郎に対して言うておられます。「肉体で」というのは、神が言うておられるのでは無く、本当は開祖が自分(王仁三郎)に言うているのだと、王仁三郎は筆先の言葉を取っていたからです。人間の王仁三郎には解らなくても、王仁三郎の守護を通して、神界の方には通じていました。





 この方の心の解りたものは、神にも、仏にも、人民にも在りは致さんぞよ。

 ※ この現界では誰も解らない、という寂しい現実です。





 大本で織る錦のはたには、どんな模様が出来ておるか、はた織る人にさえ分からん仕組みであるから、知恵や学や考えで分かりそうな事は無いから大本の中の役員が一つになりて、筆先を見て行いさえ出来だしたら、世間からアレデならこそ神を信心する人じゃと言われだすから、信者の人も行いをかえて、神の心に叶うように成りて来るぞよ。大本へ立ち寄る人は、外の教会の人の行いとは、大分違うて勝れて居るという事が、世間の目につくように成りたら、艮の金神は天晴れとあらわれるなれど、今のような体裁の中にすっくり現れて見せたら、皆のものがトチ面貌(めんぼう)を振りて(あわてること)困るから、控えてわざとに出口直で何かの事を知らして居るのを、差し添えの役員の中では、チットはみたまが研けかけたなれど、モ一つ揃うて研けんと、天晴れ神が表に出た所で居る場所も無いぞよ。みたまを磨いたり研かしたり、よほど骨を折りておかんと、早く表になりたら成りたらと申して待ちて居りても、この中の行いが修まらん様な事でありたら、日々の努めが辛うて堪(こば)れんぞよ。神の入れ物をよほど揃うて研いて居らんと、実地(しょうまつ)が出て来たらはげしうて、善悪が厳重に判るから、大きな声も出んように成るぞよ。そう成らんと誠の改心は、今の人民はよう致さんぞよ。


 何時でも気障りのある人民がこの大本へ入りて来たら、何とは無しにそこらの事がはげしう成りて、恐うて逃げて帰らねば成らんぞよ。今度はみたまの研けた人民から早く良くなるぞよ。みたまの洗濯が何よりも一番に骨が折れるぞよ。暑さしのいで秋吹く風を待てど、世界は寂しくなると云う事が、筆先に出して在ろうがな。上へ昇りて居る人が降る世が参りて来て、昇り降りで世界は大分騒がしくなると申してあるが、天地がかえる世が参りたぞよ。天地がかえると申すのは、みたまが上下にかわる事であるぞよ。

 ※ 「みたまが上下にかわる事」が、三一書房の文章では「身魂が上エ下タに変る事」となっています。これはもちろん、王仁三郎の当て字の文章です。私は本来の筆先を意識して、最初の文章にしましたが、明らかに王仁三郎は別の意味を筆先に持たせています。このような王仁三郎の思想は、奈良時代の大王の国を護国する仏教と何ら変わりがありません。生まれで、その御霊の由来まで言い表そうとする、今もある差別的な「仏教」です。あまりに腹が立ちましたので、押さえることが出来ずに書くことにしました。

 




 外国ばかりでは無いぞよ。足下に御用心なされよ。三千世界のみたまのあらため、みたまの洗濯いたすのが遅くなりたぞよ。余りヒドイ垢(あか)が溜まりて居るので、神も骨が折れるぞよ。今度綾部の大本に咲く花は、昔からの苦労の固まりであるから、咲いたら万古末代しおれぬ花であるぞよ。珍しき世界にまたと無い結構な花であるぞよ。世界の大本と成る大望な処が、こんな粗末な所であるから、今から嬉しいような事をして見せたら、人民と申すものは近慾なものであるから、結構と申して皆が寄りて来るなれど、早く咲くような花は散るのも早いぞよ。



 今度大本に咲く花は苦労、悔しのかたまった、神国の実りのいたす生き花であるから、変性男子と、変性女子と、竜宮の乙姫どのと、禁闕金(きんかつかね・何故この字を当てたか不明)の神と、四魂揃うて世に落ちて居りたみたまが御用いたして、神国の光を出すのであるぞよ。今まで世に出て居れた神様も、この世の上に立ちて居りた守護神も改心なされて、一つの道へ立ち帰りて、日本の中の御守護遊ばすように成りたら、誠に結構であるぞよ。艮の金神は独り手柄をするので無いぞよ。みな手を引き合うて揃うて良くなりて、喜ばしたいので在るなれど、皆取り様が違うて居るぞよ。小さい心の人民神は嫌い。

 梅は咲く、桜は枯れる、竹は倒れる、松が栄える世が参りたから、日本の人民揃うて外国よりも先に改心いたしてくだされよ。竹は倒れる桜は散る世がまいりたぞよ。松と梅とは日本なり、竹は外国にたとえてあるなり、桜は仏に譬てあるから、心で汲み取りてくだされ。松と梅の心で無いと、日本の国に居りての守護が出来ん事になるから、明治二十五年から気が付けてありたぞよ。

 中には日本も外国も別に違う事は無いはずじゃ、同じ神の造りた国であるのに、日本日本と依怙贔屓(えこひいき)を致す、世間見ずの狭い勝手な神じゃと申すものも、たくさん現れて来るなれど、ソレは天地の先祖の神の広い深い御心が判らん、悪の守護神のうつりて居る外国みたまであるから、深い仕組みの奥が分からんからであるぞよ。人民の申す事は一寸聞くと、立派な理窟に合うたような事を申せども、天地の元の生き神とは精神がすっくり違うて居るから、トコトン改心致して、今までの学で溜まりた塵埃(ごもく)を掃き出してしまわねば、何も判りは致さんぞよ。

 ※ 長いので続きます。
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