2018年10月31日

稚姫君の尊の御魂であるぞよ。

 明治四十三年七月十二日

 艮の金神国常立命、変性男子のみたまが世界に現れて世界の守護致すぞよ。艮の金神国常立命、変性男子のみたまが稚姫君の命のみたまであるぞよ。

 変性男子のみたまがわかるとこへ判りて来たから、何かの事が早くなるなれど、余り日本の国が曇りがひどい故に、物事が遅くなりて来て大変人民に改心させるのに、これに骨が折れるなれど、ここ迄気を付けておいたら、これからは知らせ様は無いから、明治二十五年に世界の事があらましの事が世界にはこう云う事が出来るぞよと申して書かしてあるが、続いて今に知らして居る事を初発に書かした事も今に書かせる事も同じ様な事であるぞよ。

 初発に書かした事皆出て来て居るが、人民というものは我の体が熱つなりて来んと誠に致さんが、足元に出て来たら、どうしようもないぞよ。

 今の人民悪胴がすわりて………腹帯をしっかりしめて胴のすわりた人民でないと、この先は外国の国のみたまを引き抜いてしもうて日本のやまと魂に入れ替えるのであるから、胴のすわりた精神のよい人民でありたら、綾部の大本に出て来て変性男子の書いた筆先を充分腹に締め込みておいたら、ジートして居りて世界中が見え透く様になるから、悪る胴のすわりた人民間に合わんぞよ。

 素直な人民を世の元の生き神は好くぞよ。



 これ迄の心を入れ替えを致さんと、日本の国のやまと魂の性来には成れんぞよ。外国のみたまを引き抜いて貰うには、綾部の大本の出口直の手で元の国常立尊が書いた筆先を充分見つめて居ると、外国のみたまが飛び出してしまうから、腹の中の掃除が出来たら、日本の世の元の世界の王の神と現れるから、世を持つ生き神の霊を移してやらんと、日本のやまと魂にはなりは致さんぞよ。

 改心致せ、みたまを磨けと申して長らく知らしたでありたが、日本の人民の学のある人民は元の生き神のきかいには今では叶わんから、出口直には反対な事ばかりを書かすから、反対な人が出て来て直を引きさきたいと思う鼻高がこれから出て来るなれど、敵でも出て来ると、味方になりたい様になる世界一となる大本であるぞよ。今は反対(しているが)先になると良くなるとこざどよ。早う改心を致してみたまを磨いて居りたら結構なれど、ちょっとでも磨いておいたら、大峠を越すのが楽に越せるぞよ。


 綾部の大本に参りて来て実地を見て、実地まことの筆先を聞かねば磨きかけも判りかけも致しはせんから、余り今大勢来ても誠で来る人民が無いから、ぼつぼつと引き寄して磨かしたいと思うても、みたまの思いが違うから、磨きかけが出来ん、見苦しき世の中であるぞよ。

 世の元の天と地との大神、天では御三体の大神様、地の世界をこしらえた元の思いを致す神でありたら、この先はどんな出世も出来るから、何でも早う改心の出来る守護神でありたなら、判る守護神でありたら、今度はどんな徳でもとる守護神でありて、またその守護神に使われて綾部の大本に出て来てきかいに叶う人民でありたらば、日本の国の元の良きみたまは、末代に一度ほか無い大望な世の立て替えであるから、世に落ちて居るみたまがとんざ出世の出来るみたまがあるから、綾部の大本の中の仕組みは今ではようわけん(わからない)ぞよ。

 結構な筆先も我の心に取れんから、良き心の人が出て来たら、云うに云われん良いとこであるなり、間違った心で出て来たら、何かやまこでもして居るかようも見えるし、我身の心に取れるとこであるから、余程みたまを磨いて来て貰わんと、誠一つを貫きて苦労、艱難、悔し残念を今にこばりて(耐えて)、誠の善の道に悪のみたまを立ちかえらせる誠の道がつくりてあるなれど、今の日本のやり方が悪のやり方であるから、今の悪党な、後先かまわん無茶な我さえよけら、人はこけようが、倒れようが、ちっとも構わん悪のやり方の所に誠の道がつくり直してあるなれど、一分と九分とであるから、ちとましなみたまが出て来て、お蔭を貰いよると、九分の方から引き落としに出て来て、取れるお蔭もよう取らんが可哀想な者ばかりであるぞよ。

 筆先通りの世であるから、世の元の生き神のつくりて居る道は、今のやり方の方(ほう)とはさっぱり反対であるから、誠を申してやると、それを悪う取りて誠の道の名を汚す者が、今では九分九厘であるが、一度の改心は辛いから、これだけに誠ばかりが書きつくして、実地をして見せて何でも良く早くしてやりたいと思うて、神は何も承知で居るなれど、取り次ぎ致す人の心もちとは(少しは)わからんと、これ迄のやり方は学で誠の道を無いようにしてしもうて、外国の教えをこれ程結構はないと日本の国の人民が学さえありたら、どんな出世も出来るのを途中に出来た我よしのやり方(、)学のやり方は、世の元の生き神は日本の国ではそんな見苦しきやり方、誠はちとも無い学で弁さえよかりたら(弁論さえ出来たら)、嘘で無茶でも、その場で言い勝ちさえしたら、偉い人と申して悪るき者を、ほめる今の世は外国のみたまに成り切りて居るから、こういう難渋な世になりたのざどよ。


 この筆先の気に障(さわ)る人民が外国のみたま、一番悪きみたまの性来、この筆先は今の学の鼻高さんには気に障りて、わかりて来るほど出て来だすから、出口直をまだ引きさきに来ると云う事が書いてあろうがな。鼻高の気に障る事ばかり、この気に障る事を書くのは、日本の元の今に肉体のそのままで居る元の世界をこしらえた国常立尊であるから、出口直は、今の世界には無い落ちぶれ者に、みたまに因縁がありて、明治二十五年から口と手とで、この時節が来るから、つまりて来た折りには、世界には難渋な事が出来て来るから、天から知らせ、地から知らせ、出口直の口と手とでこれだけに知らして居れど、今に誠に致す人民がまざ無いが、嘘事ならこれだけ神も苦労致さず、出口直にこれだけ喉から血を吐かんばかり辛い御用はさせもしも致さねど、三千世界の世の立て替えと云う様な大望な事がさし来たりて居るのざから、綾部の大本は日本のやまと魂の種をこしらえる世界の大本になる大望なとこであるから、変性男子と女子のみたまとを使うて世界に知らしてやるなれど、つんぼばかり、この大本に入りて筆先を見て居る人から、一人でも知らしてやりて下されよ。時節が来たぞよ。

            (「大本年表」分類八ノ五三~六二)


    
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2018年10月30日

生き神 その二

          〇

 艮の金神国常立尊、若姫岐美尊変性男子のみたまが出口の神と現れて、

 ※ もちろん、「若姫岐美尊」は「稚姫君尊」「稚日女君尊」と同じ神様です。この、王仁三郎の当て漢字は、あまり意味が無いように考えられます。しかし、彼は、この神様が伊勢に坐す神であるとの認識は、生涯変わらなかったようです。




 

 直の肉体を借りて、明治二十五年からガンジリ巻きにしておいて、辛い御用をさしたぞよ。出口直に書かした筆先の世の元をこしらえた国常立尊が体内へ入りて書くのであるから、チットも間違いの無い事ばかりであるぞよ。

 世界をこしらえた時から、そのまま肉体のある生き神が、化けて世界中の事を隅々まで、水も漏らさぬようにあらためがしてありての二度目の世の立て替えであるから、この世はじまりてから未だ無い大望な事であるぞよ。

 ※ ちなみに、王仁三郎の当て漢字の文章は「世界を修理固成た時から、其儘肉体のある生神が、化けて世界中の事を隅々まで、水も漏らさぬように審査が為てありての二度目の世の建替であるから、斯世初りてから未だ無い大業な神業であるぞよ。」となります。よいところもありますが、私は大げさな表現がすきではありません。それと、漢字の意味で筆先の内容がかわるところがあり、特に『神霊界』に発表した大本神諭は、筆先とは別の文章であるとの感があります。私は、筆先が、とても稚拙であるが故に、大神様の本気を感じるのです。字の知らない、書けない開祖様に文字を書かせたというところに、大神様の立て替えの視点を感じ、嬉しくさえなるのです。ひらがなの間違いさえが素晴らしく、開祖様をただ一人の御用の出来る人と宣言されるのにも感動するのです。私は「そらそうだろう」と、涙ぐむ時があります。だから、開祖様の筆先は、偉そうな大層な漢字などいりません。人を威圧する為の大業しい、字など必要ではありません。何故ならば、筆先は心にうったえかけるものだからです。心にしみて、後になって、「ああ、そうなのか」と、気付くために、誰にでも読める人にやさしいひらがなの筆先なのです。神様は何処に心のきれいな人がいるか御存じです。ために、ひらがなの筆先なのです。





 これ迄の世は世を持たねば成らん誠の生き神を世に押し込めて、天地が動いても世を持つ事の出来ん素盞鳴尊(すさのおのみこと)を表へ出して、政治を致して居りたから、さっぱり世が逆様に反りて居りたのであるから、三千世界を元の仕組み通りにねじ戻して、世を持つみたまに世を持たして、天下泰平に世を治めるのであるぞよ。変性男子と女子とのみたまの和合が出来たら、男子は天へ上がりて天から天と地とを守護いたすなり、女子は坤の金神とすっくり表に現れて、みろくの大神の御用を致さすから、ソウ成りたら三千年の仕組みをあけて見せてやるから、世界の人民の改心が出来出すぞよ。

 ※ 私はここに、王仁三郎の「秘密」があらわされてあると考えます。私解では、「坤の金神」様の星は、「九曜の大宇宙」から地球と別れた星です。その星から、この地球に「神々」はやって来ました。素盞鳴尊を守護神という王仁三郎のみたまは、この神々の由来のものです。すっかり母星から離れて変わってしまったみたまを、みろく=天の大神=地の艮の金神が、改心させる為に大本の開祖様のところに引き寄せられたのです。ですから、王仁三郎のみたまの眷族霊は改心を迫られているのです。「元の坤の金神様」のみたまに還(かえ)れ(大神の御用に還れ)、艮の金神様はそう言われて来たのです。これが地上の世界の大本の出現の意味です。





 昔から待ちこがれた松の代が来るから、神は激しく人民は穏やかになりて、うって代わりての結構な世が参るぞよ。今の政治のやり方は一から十まで嘘で固めた、その場のがれのやり方であるから、この世がさっぱり闇雲で、世の乱れ方と申すものは、神からは目を開けて見られん見苦しきさまになりて、昔の元から極まりた神の道が無くなりてしもうて、人民の通る道も無いように世が下りて居るぞよ。途中から出来た枝の神がこの世を自由に致して、恐いもの無しで世を持ちて居りたから、世界の今の体裁(。)出口直の御用は天も地も曇り切りてしもうて、誠の道を立て行くみたまが無きように成りた世を立て直すために、世の元からこしらえて、地の底へ埋めてありた稚日女君の尊の、やまと魂の変性男子のみたまを天へ上げて、今度の世の立て替えの御用をつとめて下さる御役なり、坤の金神の宿りて居れる変性女子のみたまは、みろくの松の代に立て直す因縁の御用であるぞよ。


 変性男子の後の御世継ぎは、明治二十五年に初発に出口直の筆先に一度書かした事は違いは致さん、何事も出口直の後の二代の御用をつとめさすのは、末子(ばっし)のお澄が定めて在るなり、三代の御用いたすのが出口澄の総領の直霊(なおひ=直日)に渡る仕組みに定まりてあるぞよ。この三代の直霊が、この元の水晶の種であるぞよ。綾部の大本の御用継ぎは末代肉体がおんなであるぞよ。

 おんなの肉体は末代神の御用を致さすなり、男子の肉体は末代変性女子のみたまを選り抜いて世を治めさすなり、この仕組みは何時になりても変える事は出来んのであるぞよ。出口直の八人の御子は、名のある人に致すのであるが、今では皆化かしてあるぞよ。艮の金神が天晴れ天地へ現れて、出口直の後ろ見を致して、十分に神徳を渡して、世界の神柱(かみばしら)と致すぞよ。

 末子の澄どのも二代の御用が巡り来て、禁闕要(きんかつかね)の大神と成りたら、今のような行いはさせんぞよ。海潮(かいちょう=会長・王仁三郎のこと)も九分九厘いかんと坤の金神の奥役(おくやく)には成らんぞよ。これはこの世が乱れ切りて居るから、この大本は世界の写る鏡であるから、この内部(なか)のやり方を見て居りたら、世界はドウ云う事に成りて居ると云う事がよく判るから、充分に気を付けて下されと申して知らしてあるぞよ。毛筋も違わん筆先、違うと思うたらその人の心が違うて居るのじゃぞよ。


 坤の金神に海潮のみたまが成りてしもうて、みろくの御用を致すように成るのは、世界の仕組み九分九厘まで行かんと、それ迄は混ぜりがあるぞよ。これも世の元からの神界の動かぬ仕組みであるから、時節を待たねば何事も充分には行かんぞよ。今度の世界の大いくさに成りて来んと、大本の国常立尊と皆の生き神の神力で在りたと云う事はよく判りは致さんぞよ。

 出口竹蔵は出口政五郎の跡を継ぐなり、出口澄は出口直の国常立尊の後を、実地の御血筋を続かすなり、世界の大本は世の元の根本の国常立尊の世界の大神の血筋を続かすぞよ。綾部の大本は何処の自由にも成らん大本ぞよ。

 で九ちなを七十五さい、めいじ四十さんねんの四がつの十八にち、しんの五月の二十八にちのしるしぞよ。

            (「神霊界」大正七年十二月二十一日号)



    
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2018年10月29日

生き神

 明治四十三年五月二十八日

 艮の金神は世の元をこしらえた変性男子のみたまであるから、元の肉体のそのままで、末代国を構わな成らん生き神であるぞよ。その国常立尊のみたまの半分が変化て、変性男子のみたまとなりて居るのが、勿体なくも天照皇大神宮殿の御妹子の稚日女岐美尊であるぞよ。

 ※ 稚日女岐美=稚日女君=稚姫君 みな同じ神様です。王仁三郎は色々な漢字を当てていますが、同じ神様のことです。



 この世をこしらえるには末代の事の後先のよく見え透くみたまで無い事には末代の世は続かんぞよ。これだけ世がくれたらこう言う世に成る、その先はドウ成るという事が判らねば、一日先の判らぬような今の政治のやり方では、到底誠の事は出来んから、霊(日=火)の本の神国は治まりは致さんぞよ。人も一代、世も一代と申す事があるが、今度は神の世が一代くれた末法の終いの瀬戸際であるぞよ。

 この終わりの世が来るのが神界にはよく分かりて居りての、大望な世の立て替え立て直しの仕組みがしてあるのじゃぞよ。何事も時節であるから、こんな惨(むご)い世に成るのも、艮の金神が世に落とされたのも、世に上がるのも昔から定まりた因縁事であるぞよ。時節が参りたらドンナ事でもでけるぞよ。神の世一代の末になると、末法の世が来るのも世の大初(もと)からよく分かりて居りての今度の仕組みが致してありたのじゃぞよ。

 末法の世と申すのは、地の世界に誠の大将の器が無いようになりてしまう事であるから、この世が立つのは天と地とが揃わな、上ばかり在りても治まらず、下ばかりではなお治まりは致さんぞよ。天には御三体の大神様の御守護は在るなれど、地の世界に大神が無いように成りて居りたから、地の上にはこわい神が無い故に、日本の国へは渡りて来られんはずに極りてありた、外国の悪に強い極悪神が、この世を固めしめん内の泥海の中に居る折からの、露国の悪の先祖の計画(たくみ)であるぞよ。

 元からの企みは天に坐(まし)ます大神様はよく御存じであるなり、地の根本を固めた国常立尊もよく知り抜いて居りたなれど、そのほかには何も御存じの無い神ばかりであるぞよ。この世にこわい大神が世に落ちて居りた故に、今まで世に出て居れた神々様の、楽なやり方で政事(ルビがありませんので、そのままにします)を致されて、後も先も構わずにその時よかれで、仕放題の世の持ち方で、さっぱり世は暗闇と成りてしもうて、日本の国に神の威勢が無きように成りたから、極悪神の思わく通りの時節と成りたから、露国が最初(もと)で、外国の悪の守護神が日本を占領(とる)仕組みを色々と致して居るから、露国に勝ちたと申して日本の人民が安心いたして居りたら、十年先に成りたら足下から鳥が立ちて、アフンと致さな成らん事が出来(しゅったい)いたすから、日本の上の守護神どもにクドウ気を付けるぞよ。


 外国の極悪神(ごくあくがみ)の深い計画(たくみ)は日本の神々も守護神人民も知りたものは無いなれど、艮の金神は昔から世に落ちて隠れてあらためが致してありての、今度の二度目の立て替えの御用であるぞよ。今度は日本に備わりて居る霊の本(ひのもと)の、やまと魂の元の神力(しんりき)で無い事には到底叶わんぞよ。日本は結構な国土(くに)であるから、外国の悪神が日本の国を取りて、万古末代住まいを致すつもりで、悪魔ばかりを連れ参りて、日本の人民のみたまを自由自在に致して、国を汚すばかりに、今は一生懸命になりて憑(かか)りて居るぞよ。日本の国に神力の無いように致しておいて、いちころに取りてしまう仕組みに永らくかかりて居るから、悪神(あくがみ)の思わくが立ちたら世界は泥海に成るから、そこへ成りたら可哀想でも一旦世界を潰してしもうて、最初(もと)の一から仕直しを致さな成らんような事に成るから、世界にはこの先にドンナ事が破裂いたそうやら、筆先通りが出て来るから、一人なりと早く改心いたして、世界のみたまを助けるように致さねば、日本の国の役が済まんぞよ。

 日本は結構な神国と申せども、今の日本は上から下までさっぱり曇り切りて、外国人よりも劣りて居るから、神国の威勢と云うものは少しも無いから、外国人に見下げられてしもうて、何一つ日本の言い前が立たん事になって来て居るぞよ。何程知者でも学者でも叶わん事に成りて居るぞよ。日本は神徳(しんとく)でないと国は立たんぞよ。今の内に日本の霊の本のやまと魂の種をこしらえてこの世を立て、日本が世界の親に成らねば、世界は外国の今のやり方では何時までも口舌の絶えると云う事は無いなれど、日本の人民がみな外国の政治のやり方で、末代世が続くように惚れ込みてしもうて居るなれど、十年先を見て御座れよ、外国の悪のやり方は化けの皮をむいて見せてやるぞよ。

 それでも日本の人民の心が余り曇りてしもうて居るから、トコトン迄は改心が出来んぞよ。因縁あるみたまを大本へ引き寄して、やまと魂を磨き上げさして、今度の二度目の天の岩戸を開いて、三千世界を立て直して天地へ御眼にかけるのであるから、ソコへ成りたら因縁のみたまを世界の大本竜宮館の高天原へ引き寄せて、それぞれの守護を致させるから、神の方は大丈夫であるから、今の内にこの大本へ立ち寄る人は、余程改心を致して下さらんと、面目無いやら恥ずかしいやらで、大本へ寄り付けん事が出来(しゅったい)いたすから、神は前つ前つに気を付けておくぞよ。

 これだけ世界に沢山王がありてはおさまらんから、神が表に現れて、七王、八王を陣曳いたさして(退位)、日本の誠の神国の万古末代動かぬ一つの王で三千世界を治めるぞよ。時節が近よりたから、一日も早く改心いたして夢を醒まして下され。元の地をこしらえた生き神は残念なぞよ。モウこの先は神の守護いたす誠の神代の仕組み通りに立て替えてしまうから、今までの事思うて我よしのやり方いたして居りたら、辛う成りて一寸も動きの取れん事になりてしまうから、改心改心と一点ばりに気を付けたが、モウ気の付けようが無いぞよ。モウ神は一ト切りと致して、天の守護にかかるからモウ神に落ち度はあるまいぞよ。

            〇

 ※ 文章が長いので、続きは明日にします。


    
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