2019年03月26日

まだ休憩中

1553576047863.jpg クリシュナムルティ・トーク・セレクション2 『真の瞑想 自らの内なる光』(コスモス・ライブラリー2017年発行)の11頁

 

 「善く生きる」より


 ……………………………

 わたしたちには、自分自身を知るという問題に分け入って行く意志があるでしょうか?なぜなら、わたしたち自身が世界だからです。全世界の人たちはーーー皮膚の色や宗教、国籍、信念が何であれーーー心理的に、内面的に苦しんでいます。彼らは、大きな不安と大きな孤独を経験し、自分のいまの生き方にとてつもない絶望感と鬱々たる気持ちと無意味さを感じています。世界中の人々が心理的には同様です。

 

 それが、現実であり、真理であり、実際なのです。ですから、心理的には、みなさんは世界で、世界はみなさんです。

 みなさんは自分自身を理解するとき、人類全体の構造と性質を理解するのです。

 それは、単なる自分勝手な究明ではありません。なぜなら、自分自身を理解するとき、みなさんは自分自身を超えて行って、異なる次元が現れるからです。



 

 わたしたちを変えるのは、何でしょうか?もっと多くの衝撃ですか?もっと多くの大惨事ですか?違うかたちの政府でしょうか?違うイメージですか?違う理想ですか?

 そのようなものは多種多様にありましたが、それでも、みなさんは変わりませんでした。

 教育がさらに高度になり、わたしたちがさらに文明化ーーー自然からますます遠ざかるという意味での文明化ですがーーーするにつれて、わたしたちは、ますます非人間的になっています。では、わたしたちは、どうすべきなのでしょう?外側にあるものは、あらゆる神々を含め、何も助けにならないのであれば、自分独りで自分自身を理解しなければならないのは明らかです。

 


 自分とは何であるかを見て、自分自身を根源的に変えるしかない、ということです。そうすれば、そこから善性が現れます。そして、人は善い社会を創り出せるのです。




 




 
posted by 無来 龍 at 13:55| Comment(3) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

休憩ーーー神島開き

1551768988132.jpg 私は、神島開きは、王仁三郎が大神様にさせられた御用だと解します。それを王仁三郎は慢心をして、次のように述べています。

 


 ………私はもはや止むに止まれない場合に立ちいたったので、露骨に事実を告白しておきます。要するに教祖(開祖のこと)は、明治二十五年より大正五年まで前後二十五年間、未見真実の境遇にありて神務に奉仕し、神政成就の基本的神業の先駆を勤められたのである。女子(王仁三郎のこと)は入道は明治三十一年であるが、未見真実の神業は、同三十三年まで全二ヶ年で、その後は見真実の神業である。霊的にいうならば教祖よりも十八年さきがけて、見真実の境域に進んでいたのは、お筆先の直筆を熟読さるれば判りませう。………   
 『いり豆の花』700頁「第七巻総説」より。


 


 王仁三郎のいうように筆先を熟読すれば、開祖様のみたまの改心は幾度の生まれ変わりで成された事がわかります。「前後二十五年」の筆先を取り次がれた時間で「神務」が行われたというのは、まして「未見真実」という造語で、そのわずかな「神務」の時でさえ「本当の事が見えていない(知らない)」というのはどういうことであるのか、私は怒りすら覚えたものです。

 また、同書の同頁に「経緯(たてよこ)の御役」という節があり、この中でも王仁三郎の『霊界物語』の文章を載せています。読んで見れば、例によって小心者特有の批判に対する弁解を述べています。これが、霊能力を過信する者の考え方なのです。そして、それは、今なお宗教者に引き継がれ、悪い手本が繰り返されているのです。でも、それが悪の世の実像です。

 このような霊能力者に対するのは、悪霊憑きに対するのは、開祖様がされたように誠の一心の行いであります。故に私は、大本神諭の全文の書き写しをやろうとおもったのです。まだ全文は書き写せていませんが、やはり書き写しをしてよかった事は言うまでもありません。筆先の全体を知ることは、大神様の心を知る事です。それを知ったら、こんなに心強い事はありません。



 私のように、新しい宗教に疑問を持った人たちが今も居て、「では、それらの宗教団体に影響を与えた大本の筆先とはどういうものだろうか?」と考えて、この大分とややこしい横糸のほつれを直して、根気よく真実に近づいて欲しいと願います。

 


 これより少し長い休憩をします。4月8日から再開する予定です。

 いつも読んでいただきありがとうございます。







  
posted by 無来 龍 at 09:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

みろく様の霊は

 ※ 次の大本神諭が、いわゆる「聖師がみろく様の霊である」と捉えられているものです。




 大正五年十月五日(旧暦9月9日)


 五六七神(みろく)様の霊は皆上島(かみしま)に落ちて居られて、羊申の金神どの、素盞鳴尊(すさのをのみこと)と小松林(こまつばやし)の霊(れい)が、五六七神(みろくのかみ)の御霊(おんれい)で、結構な御用がさして在りたぞよ。

※ 私解  「五六七」は「みろく」でよいと考えます。「羊申の金神」は「坤の金神」とするべきと考えます。大事な箇所ですので、原文をそのまま書き写したいのですが、それでは大間違いに気が付きません。

 天のみろく様の分霊は、この地上の悪の世で落とされて上島に落ちて居られました。坤の金神どの、その霊である素盞鳴命と小松林も王仁三郎の守護神として結構な御用がさしてありました。この「結構な御用」ですが、私は王仁三郎を結局は綾部の開祖様の所に来させた事と判断します。王仁三郎という人は霊を集める大化物ですから、集まったその霊たちに筆先を読んで聞かせるお役がありました。そして、何よりも王仁三郎自身の改心は重要で、この改心が「横に広がる」=世界に広がる事に成るのです。




 


 みろく様が根本の天の御先祖様であるぞよ。国常立尊は地の先祖であるぞよ。二度目の世の立て替えに就いては、天地の先祖がここまでの苦労を致さんと、物事成就致さんから、永い間皆を苦労させたなれど、ここまでに世界中がなる事が、世の元からよく判りて居りての仕組みでありたぞよ。天地の開ける時節が参りて来たから、守護神に改心が出来んと、人民には判りかけが致さんから、変性男子が現れて、世界の実地を分けて見せるなり、次に変性女子が現れると、ビックリを致して、世界中が一度の改心を致さな成らんような事が在るから、改心が一等ぞよ。


 今度上島へ坤の金神のみたまが御参りに成りたに就いて、変性女子の御苦労な御用の事を現すぞよ。変性女子が現れると、坤の金神どのの力が出るから、誠の心で願えば何事でもすぐに聞き済みあるぞよ。

 ※ 「坤の金神のみたま」は王仁三郎のことです。でも、「変性女子が現れると」ですが、本当に坤の金神のみたまは現れたのでしょうか?本当に王仁三郎は改心をして、天のみろく様が、坤の金神様が望まれた「坤の金神のみたま」に改心出来たのでしょうか?

 確かに、王仁三郎の「御血筋」は坤の金神の方です。二度目の世の立て替えに重要なみたまです。艮の金神と坤の金神で、縦と横、錦の機の仕組みです。その錦の機の仕組みこそ、天のみろく様のお考えなのです。私は、王仁三郎の改心が充分では無いと考えます。





 


 天の御先祖様が世に落ちて御出ました故、地の世界の先祖も、世に落ちて居りたから、世界中が暗闇同様になりてしもうて、この世の立て替え致すのには、中々に骨が折れるなれど、何かの時節が参りたから、これから変性女子のみたまを表に出して、実地の仕組みを成就いたさして、三千世界の総方様(そうほうさま)へ御目にかけるが近よりたぞよ。

 出口直八十一歳の時の筆記(しるし)。

            (「神霊界」大正九年一月一日号)

 


 ※ 発表の日付も用意周到です。さて、王仁三郎のマジックは解けましたか?

   もう一度、書いて置きます。「聖師がみろく様の霊」ならば、開祖様は改心の出来た天地のみろく様の「みたま」であります。




   ありがとうございます。



 

 
posted by 無来 龍 at 09:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする