2019年05月31日

明治二十五年から今に続いて

 神が一度申した事は何事に由らず皆世界から出て来るから、一日も早く改心を致すように、日々に続いて知らしてやりたなれど、今に誠に致さん故に、何かの時節が九分九厘となりて来て、善悪の立て分けを致さな成らんから、彼方にも此方にも足本にも、何から始まるやら人民には見当が取れん事になるぞよ。四ツ足の覇張りた事を天晴れと現して、末代の記録に残すから、ここへ成る迄にみたまを磨いて置けと申して知らしたなれど、誠に致して聞くみたまが無いから、これからはめぐりの在る処には、めぐりだけの借銭済を致さすので在るぞよ。どこも恨める所は無いぞよ。自分(われ)のみたまを恨めるより仕様は無いぞよ。

 今度の二度目の立て替えは国々処々(くにぐにところどころ)、都会田舎(ひろみいなか)村々家々(むらむらいえいえ)にみたまの借銭だけの事は天地の神から済(な)さしてしまうから、どこも恨む事は無いと申して、明治二十五年から今に続いて知らして在るぞよ。知らして在る事が良い事も厭な事も、みな一度に何も出て来るぞよ。そうなりた折には世界の人民は、やはり艮の金神は悪神であるとまだ申すぞよと申して在るが、神から申して在る事は一分も違わずに皆出て来るから、艮の金神が悪い騒動をいたすように思うで在ろうなれど、天からの時節で何も出て来るのであるから、艮の金神もどう致す事も出来んので在るから、それまでに一人なりとも改心さして助けたいと思うて、今まで苦労艱難いたして知らしたので在るぞよ。



 新(さら)つの洗濯の世に成るのであるから、外国には厳しき事が在るぞよ。この事は明治二十七年の差入の筆先に書かしてあるぞよ。良い事も厭な事も一度出して在る事は、遅し早しは在るなれど、皆出て来るぞよ。悪の頭からトコトン発根(ほつごん)の改心を致さんと、思うて居る事に大間違いが、我に皆出て来るぞよ。余り我よしのやり方で大間違いが現れて来て、腰が抜けてしもうて、腮(えら)が外れて言も云えず、足が上になりて頭が下に成りて、手で其処(そこ)らあたりをヌタクラナ成らん様な事が出て来るぞよと、今年は二十七年目であるが、其間昼夜に知らして在るぞよ。

 天地の生き神の先祖を要らんものじゃ、神は無くとも良いものじゃと申して居りたが………、悪と四ツ足とでこの世の政治がやれるかと云う事を、判るように、充分に思わくをさして大神が蔭から見て居れば、まだモ一つ悪を強く致して、この世をこのままでやりて行こうとの精神であろうがな。日本の国を外国の悪と四ツ足とがモ一つ上へあがりて、王の王に成りて行こうとのドエライ仕組みを致して居らうがな。日本は神の国、神が守らな治まらぬ国であるのに、肝腎の一の番頭二の番頭から、さっぱり外国魂に成り切りてしもうて居るから、何時までも世はゴテゴテ致して、治まりは致さんぞよ。

 人民力でこの結構な神国の政治が出来るなら、モチト立派に世が立ちては行けそうなものではないか。今の世の持ち方はまる切り畜生のやり方で、強いものが弱いものの汗油を絞りて、その汗と油で高い処へ上がって、舌をペロリと出して見下ろして居るが、それが悪魔の世と申すぞよ。これだけ世界に上下うんぷ(運否)が在りては、何時になりてもこの世に口舌(くぜつ・あらそい)の絶えると云う事は無いぞよ。外国の真似ばかり致してこれが開けた世のやり方と申して居るが、何処が開けたのか。

 ※ 大神様は明治の世を明確に批判されています。



 肝心の開くべき所は二重三重にふさいで(閉じて)しもうて、開いてはならぬ神国の宝をばらかして(取り出して散らかして)しもうて、二進も三進も行かんようになりて、途中のえらい鼻高が毎年一と処へ国々から寄って来て、結構な御相談やいさかいを致して御座るが、下の何も知らん人民は良い面の皮じゃぞよ。

 ※ 「二重三重」が三重の伊勢神宮の事であり、「途中のえらい鼻高が一と処へ国々から寄って来て、」は出雲大社の事であると私解いたします。つまりは、「神道」の批判であり、明治の国家神道は大神の最も嫌われる「やり方」であります。故に神は、筆先にて現れられたのであります。




 昔からの暦を潰したり、神の鎮まる先祖代々からの御宮を、金が無いからと申して潰したり、神を相借家へ放り込みて置いて、人民は昔の王も叶わんような家を建て、別荘を建て、金ばかりを重宝がり、金さえ在りたら神も糞も要るものかと、エライ慢心と取違いを致して居るが、こんな無茶、天地をも畏れぬ外国魂の畜生のやり方は、神は何時までも許す事は出来んから、皆それぞれに覚悟をなさるが良かろう。外国の四ツ足の真似を致して、結構な家のなかで、牛や馬の肉を炊いて喰たり、首に畜生の皮を巻いたり、畜生の毛で織った物を肌に着たり、それがさっぱり四ツ足の性来が現れて居るのであるぞよ。

 四ツ足の守護神が何程骨を折りても、万古末代の世を自由に致すと云う事は、到底出来は致さんから、素直に致して、改心をして神の申すようの世の持ち方に致せば、このままで神が構うて続かして、尾を隠してでも許してやるなれど、余りしぶたう頑張りて居ると、三千世界の赤恥を掻く事が出来て来るぞよ。日本の国だけでもこれだけ持て余して居りて、他の国の事ども構い立てする暇はありもせんのに、肝腎の足元は良い加減な事に致しておいて、終いには共倒れに成ると云う事に、気のつかんようなあきめくらであるから〇〇〇の国は一日増しに押しつまりて来て、食物は段々とひっぱくになるなり、菜の葉一枚でも大切な事に今に成りて来るぞよ。

 何程金を貯めて歓んで居りても、まさかの時には金銀では命がつなげんぞよ。百万円の金よりも一握りのお米の方が大切な世が回りてて来て、明治二十五年から毎度筆先で知らして在るように、田地に植え込みて喜びて居りた、桑までも掘り起こさな成らん事に成りて来るが、人民と申す者は近慾で、近眼で、誠の神の申す事は判らんぞよ。誠に気の毒なものであれども、人民の精神がさっぱり曇り切りて居るから、何をして見せても、何を聞かしてやりても、神の申す事を汲み取る人民が無いが、ようもここまで曇りたものじゃ。

 無間の鐘まで掘り上げて、今じゃ早じゃと知らせども、めくらとつんぼの今の世界の人民は、慾ばかり迷うて一寸先も見えず、これだけ天地に昼夜に鳴り渡る大神の声も聞こえず、鳥獣にも劣りたものばかり、世の立て直しを致そうにもかかりかけが出来んぞよ。けれども綾部の大本には神が綱をかけて、昔のそのままのやまと魂を引き寄せる仕組みが致して在るから大丈夫ではあれど、心はチットも許されん大望な所であるぞよ。

 外国の悪神が今に仲直りを致したら、今度は腹を合わして一つになりて攻めて来るから、日本神国の人民は判りたものから用意を致して下されよ。末代に一度の世の立て替え立て直しであるぞよ。

            (「神霊界」大正七年三月一日号)



  
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2019年05月30日

大望な大戦いであるぞよ。

 二度目の世の立て替えは、この世が出来てからまだ無い大望な事であるぞよ。分けては言われず、言わな判らず、言われはせず、元の悪から速やかに改心を致して、上へ上がりて居る血筋も改心致して、ここまでに元の根本の天と地との先祖を世に落とした事の、御詫びを致さな成らん時節に近よりたぞよ。

 モウこの先は霊の本の仕組み通りに致して、早く立て替えを致して、後の立て直しにかからんと、何でも無い事に国を潰して、足腰の立つ、間に合う人民を、大根の葉房を切るような惨(むご)い事を致しても、向こうの国の何一つも効能の有る事は無いが、これも皆悪神のおもちゃに成りて居るのであれど、世界に気の付いた人民は一人も無いとは、惨い事に成りたもので在るぞよ。初発からの筆先に、今度は世界が三分になると毎度申して知らしてあるが、世界は三分になるぞよ。何んと申した所で、日本の間に合うみたまが無いように成りて居るから、今迄に人民の思うて居りた事が、大間違いになりて来るぞよ。

 外国の思いも大間違いで、大きな取り違いを致して居るぞよ。中々ちょっと(一寸)やそっとの取り違いでは無いぞよ。日本の人民も外国の性来に成り切りてしもうて居るから、心の持ち方が天地に代わりて居るので、ここまでは向こうの国の………。天と地との根本の大神の御血筋だけに、誠と云う元のやまと魂の性来は一厘ほか(しか)無いから、一厘のやまと魂で元の昔へ世をねじ直して、みろく様の世に致す仕組みであるから、何につけても大望な事ばかりであるぞよ。向こうの国の性来が皆悪であるから、さっぱり立て分けてありたのが、世の末と成りて、こんな見苦しき、混ぜこぜの世になりたのであるぞよ。


 
 初発の世界の泥海の折から、

 ※ 地球世界の最初の頃、まだ海も陸も無く地球の表面が泥の海の様であった頃。




 末代の企みをして居りた極悪神の身上(みじょう)は、日本の元の大神が良く知りて居られるから、日本にも初発から深い仕組みがしてありての、今度の神と神との大戦いであるぞよ。

 外国の悪の頭は、どうしてなりと日本へ上がる企みをして居るなれど、日本の国へは上げられんから、露国の先祖としてありたなれど、悪の強い悪賢い性来であるから、どの様にしてでも思わくを立てねば、途中で邪魔を致すと云う邪神であるから、天地の根本の大神はここまで悔しい残念をこばりつめて(我慢を続けて)、悪神の仕組みの九分九厘と成るまでの、永い間の堪忍をして、悪神の頭の思わくを立てさしておいたが、モー一つ目的を立て居るのを、日本の元の大神がよく知りて居るから、日本の神国には外国のみたまのようせん事が仕組みてあるから、九分九厘まではトントン拍子に出て来たなれど、モー悪の仕組みの厘止まりが来たから、梟鳥(ふくろう)の宵企みと成りて、この先では夜食に外れて難しき顔を致さな成らんように、時節が参りたぞよ。

 ※ ふくろうをシンボルにした秘密結社が外国にあります。もちろん日本にも、中国・朝鮮経由で「福」のシンボルとして入っています。





 明治二十五年から知らして在る事が皆その通り出て来るぞよ。寒さ暑さの容赦は無いと申して在ろうがな。これだけの寒じでも、この大望な事が始まりたら、水の中でも火の中でも、熱い寒いは言うて居れん、大望な大戦いであるぞよ。この世が出来てからまだ無い、末代に一度ほかしられん二度目の世の立て替えであるのに、何も判らぬ悪神の仕組みは、我れ良しの強い者勝ちのやり方であるから、我の血筋と親族(ひっぽう)と眷族とさえが良かりたら、何時までかかりて居りても取れた折に取りたら良いと云う悪神の仕組みは楽なやり方であるぞよ。そんな仕組みを致して居る方の、云うように相手になりて居りたら、この世が泥海と成る事が見え透いて居るから、昔の元から日本の国には、悪神の方からは見えも判りも致さず、学力でも知恵でも、外のみたまでは出来ん仕組みがしてあるから、どうしても悪のみたまに改心が出来んなれば、国とは代えられんから、一厘の仕組み通りに致して、ここまではこばりたなれど、ここに成りて居りても判らんような悪の頭なら、仕組みてあるように致して、バタバタと埒をつけて、後の立て直しの用意を致さんと、この世をここまでに四ツ足と自由自在に致されて、天地の先祖の威光が解らんから、この世をこしらえて、末代の世を立てて行かねば成らん、天と地との先祖が今まではこばりて来たなれど、余りの事で、日本の霊の本の一と申して二の無い国を、天竺や外国と同じ様に致して、日本へ渡りて、日本の〇〇〇四ツ足に自由にしられるとは、時節とは云いながら、ここで改心を致せばまた仕様もあるなれど、余りの事でモーこらえ袋が切れるぞよ。

 悪神と四ツ足とに自由自在にしてしまわれて、天の御三体様にどう申し訳が出来るか。艮の金神を無い神と致してから、恐いものが無いように成りたから、日本の神国を好きなように、我の一力で仕放題、好き寸法の悪る力がありたら、上へ上がりて出世が出来た四ツ足の守護で在りて、楽なやり方、我の一力で悪い事をする守護神でありたら出世が出来たのが、頭が極悪でありたから、悪の昇るのは早かりたので在るぞよ。上へ昇りても後も先も構わずに、頭と尾とで後先へ手が回らずに、上さえ上がれたら良いと云うやり方、九分九厘まではあとがどうなろうと先がどうなろうと、行ける処まで胴体が無いから、八ツ頭八ツ尾で、肝腎の大事の真ん中が無いと、頭と尾では肝腎の事が成就致さんぞよ。


 日本は世界の真ん中で在るから、肝腎の要の所に大事の仕組みがしてあるから、モウびくとも致さねども、人民の方は何事も改心次第であるぞよ。日本の人民も大きな取り違いを致して居ると、毎度筆先で書かして知らして在るが、その大間違いの判る時節が参りて来たぞよ。余り一度に何かの事が判りて来て、逆立ちになってヌタクラナ成らんようになりて来たぞよ。

 ※ 続きます。


 
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2019年05月29日

一の番頭が

 神もなるべくは昔のままで続かして行かしたいのが、胸に一杯であれど、余り外国人に惚(ほう)けて居りて、何時までも神の教えが聞けぬなら、一つの道へ行くより仕様は在るまい。神は気を付けた上にも気を付けて在るぞよ。一の番頭からしてやまと魂がさっぱり抜けてしもうて居るから、畜生の国の尻に付いて頭から湯気を立て、頭を三角に成る所までねぢ鉢巻きで気張って居れど、肝腎の腸が抜けて、腰がフナフナで在るから、こんなつまらん事に成りて来たのを、天地の御先祖様へなんと申して申し訳が出来るか。

 日本は日本で立て、外国を助けてやらねば成らぬ、誠一つを貫く神国の番頭が、何も解らんから、畜生の尻馬に乗りて、外国の守護神の真似ばかり致して、終いには外国の自由にしられると言う事が判らぬか。

 モー神はじっとして居れん事になりたから、これから表になりて働くから、構い立てには来て下さるなよ。時節が来たぞよ。時節というものは結構なものの、恐いもので在るぞよ。何事もこちらから現さいでも、我が身の方からさっぱり正体を現して、何処となく飛び歩いて、見るのも厭で在るなれど、さっぱり現わせに、我が我の姿を田舎まで見せに歩くのが、現れるので在るから、時節ほど結構な恐いものは無いと申すので在るぞよ。時節には何ものも叶わんから、ここへ成る迄に世に出て居れる方の守護神、皆に筆先で細々とよく解るように書いて知らせ、口で言わして在るぞよ。


 筆先に出した事は皆世界に在るが、慢心と取り違いとがありたら、誠のお蔭は取れんぞよ。露国へ昔から上がりて居りた悪神の頭が、露国の国を無茶苦茶にみだらしてしもうて、モ一つの向こうの国へ渡りて、外国の隅々までもワヤに致して、金の要るのは底知れず、人の命を取るのも底知れず、行きも戻りも出来んように致して、食物も無い所まで致して、いまいには、日本の神国へ攻めて来て、世界を我のままに致すドエライ悪い企みを致して居るが、モー九分まで悪の目的は成就いたしたなれど、日本の国の先祖の一厘の仕組みで、手のひらを返して、天下泰平に世を治めて、あとは七福神の楽遊びと致して、世界の人民を助ける日本の元からの仕組みであれども、今の世界の守護神人民の心では、三分も助けるみたまが無いぞよ。

 誠一つの天地の先祖は、違うた事はチットもも申さんぞよ。違うた事を致したら、ここまでこばりて来た事が水の泡になるから、皆が揃うて今度の二度目の世の立て直しの御用を務めて下されよ。今度の御用は何に付けても辛い事ばかりであるから、確りと胴を据えて居らねばつまらんぞよ。大本の中も霊の出の守護(ひの出の守護=神様が降りて来られて大本の人に役目を与えられる)と成りて来ると、何かの事が辛くなるぞよ。善し悪しが厳重に判りて来て、これ迄の心をさっぱり変えてしまわんと、辛うて辛抱が出来んぞよ。

 ※ 開祖様の亡き後の大正九年、筆先は大本神諭として「大正日日新聞」にて公表されます。大きな渦のような動きが、力強く世を包みます。




 口をつまえて、男も女も腹帯を緩まんように確りと締めて居らんと、この先はこれ迄のような事には行かんぞよ。この世の上へ上がりて居る悪の守護神が、皆揃うて悪では行かんという事が、初根(ほつごん)と判りて来て、善の道へ立かえらんと、世が治まると云う事に致さんぞよ。向こうの国はチットも急きは致さんぞよ。我の代に奪れな子の代に奪る、子の代に奪れな孫の代に奪ると云う、気の永い仕組みであるから、何時に成りても奪りさえしたら良いと申して、チットも急ぎも動きも致さんぞよ。

 ※ 人間の思う、「奪う」「治める」では無いと云う事です。世が混乱し、世界が宇宙の静かな「波動」から外れて混乱している方が、彼らには「住みやすい」のです。彼ら悪神の目的は、「自分たちの地球」なのであり、争い戦い合う人間の姿が好ましいのでしょう。



 

 日本の国はソンナ事を致して居りたら、国が潰れてしまうから、日本の国には天地の元の生き神が、ちょっとの秘密が致してあるぞよ。外のみたまでは出来ん、ようせん仕組みが致して在るが、実地の仕組みは今の今まで言いもしられも致さん、大事の一厘の秘密で在るから……、今の世界の守護神人民が、外国の性来に成りてしもうて、日本の神国と申しても、外国魂に成り切りた中に、生まれ育ちて居る子供までが、国の害を致すハイカラの真似ばかりをして歓びて居る中へ、大事の仕組みを知らしたら、良い金儲けが出来ると申して、実地の世の立て直しの大邪魔を致すから、日本の国の仕組みは、知恵や学力では何程考えても判りはせんぞよ。チト深い仕組みが致して在るぞよ。

 外国の仕組みは浅いから、直ぐに人の眼に判るなれど、日本の仕組みは外国魂では判らんぞよ。何かの時節が参りて来たから、始まりたら何も一度に開けて来るから、余程しっかりと覚悟を致させねば成らんから、今に続いて知らして居るぞよ。疑いと我(が)と取り違いとがいっち(第一)恐いぞよ。口をつまえて素直に致すが何よりも結構であるぞよ。何事も一度にバタバタと埒良く致さぬと、永うかかりたら日本も叶わん事が出来るぞよ。外国の悪神の頭が日本へ攻めて来る仕組みを、昔から致して居りたが、モー攻めて来るのが近寄りたなれど、日本は日本で元の生き神が深い仕組み致して居るから、日本の人民がサッパリやまと魂に成りて居らんと、肝腎の時にうろたえて胴を失うぞよ。


 口先では日本と申しても、腹の中に誠が無いものは大化物であるから、今度の立て替えには化け物は皆神が平らげてしまうぞよ。

 ※ 開祖様と王仁三郎も、筆先では同じ様に「おおばけもの」とされています。でも、「腹の中に誠が無いもの」ですから明らかに開祖様はこれとは違います。今も居ます。口先では日本、日本と言います。祖先、先祖とも言いますが、今も居る彼らには誠が有りません。ですから、彼ら「にせ日本人」は、そう成るのでしょう。




 今度の大たたかいは、人民同志の戦いでは無いぞよ。神と神と、国と国との、末代に一度より無い大戦いであるぞよ。今度の日本と外国との戦いには、男も女も子供も一つの心に成りて、日本の国を奪(と)られては成らんから、年寄り迄もやまと魂に立かえりて、神国を守らねば、日本の先祖の大神へ申し訳が立たんぞよ。

 ※ 日本の先祖の大神を知る御魂(みたま)こそが、大神が望まれる「やまと魂」であります。日本の先祖の大神を知らない人間が、どの「たましい」を持つことが出来るでしょうか。



 今のような我さえ良かりたら、人はドウでも構わんと云うような精神でありたら、日本の国もエライ事に成るぞよ。

 ※ それで今の日本の国は「エライ事に成る」のです。




 日本の霊の本(ひのもと)の結構な神国を、

 ※ 「霊」とは大神の言わば「気」です。地中にも霊の通り道があり、宇宙からも霊の通りが列島には有るのです。「日本の先祖の大神」の霊(ひ)が列島には充ちて居るのです。故に「ひのもと」です。故に、私たちが改心をし、大神様の気=霊を動かす事が出来たなら、瞬く間に霊は充ちて行き拡大するのです。私的な無粋な言い方をすれば、「神の霊は取り放題の動かし放題」で、動かせば次から次へと波及するのです。この重大性がある故に、いわゆる「一厘の秘密」なのです。頭で判っても、解らないのです。





 悪神の頭と四ツ足にここまで自由にしられて、これが悔しく無いような腰抜けが沢山あるが、今に日本の頭(あたま)の上にかぶさって来て居る大難を、なんと致して打ち払うつもりであるか。先の見えん守護神人民には、神も往生致して居るぞよ。三千年余りての仕組みを現して、昔の元の神の御血筋に速やかに代えてしもうて………。

 ※ 続きます。


 
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