2020年01月15日

時間は心理的な敵である

『境界を超える英知 人間であることの核心 クリシュナムルティ・トーク・セレクション 1』

P121~ 時間は心理的な敵である


時間の性質については、すでにお話ししました。ですが、もう一度、お話ししなければなりません。どうか、性急にならないでください。わたしたちは言いました。時間は過去であり、時間は未来であり、その未来とは、いまである、と。未来とは、いまのあなたです。いま、わたしが暴力的なら、いま、根源的に変わらないなら、未来はいまです。

このことを理解なさいましたか?これは、ともに分かち合わなければならないことです。これは、わたしの真理ではなく、あなたの真理でもありません。真理は個人的なものではなく、真理にはどんな道もありません。そして、これは事実です。

つまり、すべての時間、過去、未来、それに現在は、いまのなかに含まれている、という真理です。

このことは、論理的で、合理的で、知性的に反論の余地がありません。ですが、みなさんは気に入らないかもしれません。そして、わたしたちのほとんどは、気に入るか気に入らないかで生きています。何かに実際に直面することを好まず、それよりもごまかしたいのです。真剣な人間としてーーそうであってほしいと思っていますーーこのことを、たとえ一瞬でも、ともに見つめてみようではありませんか。時間、過去、現在、そして未来は、いまのなかにある、という、このことを。



人が自己中心的だとしましょう。すると、とてもとても限定的になります。その自己中心性は、それ自身を、もっと大きな何かに同一化するかもしれません。それでもやはり、自己中心的です。わたしが自分を故郷に、国家に、宗教に、迷信に、その他いろいろに同一化したとして、その同一化そのものが自己中心性の継続なのです。わたしは異なる言葉のセットを使っただけで、この同一化のプロセスは、本質的には自己中心的です。

どうか、わかってください。この話し手は、みなさんを説得しようとしているのではありません。それどころか、疑い、問いかけ、議論してほしいのです。受け入れないでください。そうではなくて、批判的な鋭い頭脳で検討してください。事実は、人は無秩序のなかで生きている、ということです。それは、みなさんも否定できません。みなさんはそれをごまかし、そこから逃げるかもしれません。しかし、わたしたち人間は無秩序のなかで生きていて、

憎み、愛し、心配で、安心・安全(security)を願いつつも、常に戦争の脅威とともに生き、そしてまた、死の脅威とともに生きているので、安心・安全はない、と知っています。

そう、わたしたちは無秩序のなかで生きているのです。時間は、この無秩序を解決するでしょうか?わたしたちはこの地球のうえで、考古学者や生物学者によれば、四万五千年ほども人間として生きてきました。これほどの長い期間の進化にもかかわらず、わたしたちはいまのようなわたしたちとしてあり、葛藤し、無秩序のなかにいるのです。
posted by 無来 龍 at 10:08| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする