2020年01月21日

時間は心理的な……その5

恐怖とは何でしょう?みなさんは、恐怖があるときにはわかるし、その性質もご存じです。どんなふうに動悸するか、どんなふうに身体が緊張し、どんなふうに脳が混乱し、ほとんど麻痺するか。みなさんは、そうしたすべてをご存じではありませんか?

それは事実です。それは、みなさんの睡眠や日常生活に影響し、疑いや心配、抑鬱をもたらします。みなさんは何かにしがみついて、その何かが変わらないことを、恐怖をもたらさないことを願います。恐怖の根源と取り組むか、あるいは、その枝葉を刈り取るか、です。どちらをお望みですか?



一千もの恐怖があります。この世で最も美しいものの一つである愛らしい樹木のように、恐怖もまた、それはとても醜いのですが、やはり多くの枝、多くの葉、多くの表現をもっています。みなさんは、その表現に、表面に、外側に取り組みたいですか?それとも、ご一緒に、その根を掘り起こしますか?


では、恐怖の原因とは何なのかを、ご一緒に見出しましょう。わたしたちは、恐怖のすべての表現を知っています。そして、その根を見つけることができれば、表現は萎れてなくなることもできるのです。



さて、恐怖の原因、因果関係とは何でしょうか?そう問われたら、みなさんはどう答えますか?それとも、誰かが説明してくれるのを期待しますか?説明は事実ではありません。みなさんは上手な山の絵を描くかもしれません。しかし、その絵は、山ではありません。「恐怖」という言葉は、恐怖ではありません。ですが、「恐怖」という言葉は、期待を呼び起こすかもしれません。そこで、恐怖に関する記述や言葉ではなく、恐怖の深さと強さに取り組むのです。そして、わたしたちとご一緒にーーわたしが説明して、みなさんが受け入れるのではなくーー自分自身の真理を発見しようと試みています。そうすれば、それは、みなさんの真理であって、誰かの真理ではありません。みなさんは、誰かの真理とともに生きることはできません。真理とともに生きることだけができるのです。


恐怖の原因は何でしょう?思考ですか?時間ですか?そこを見つめてみましょう。


わたしは生きています。人は生きています。いま、生きています。そして、思考は言います。「わたしは明日、死ぬかもしれない」あるいは「失業するかもしれない」「銀行に預金があるが、あの銀行がつぶれるかもしれない」「妻との仲はいいけれど、明日、妻が誰かに魅かれるかもしれない」「わたしは本を出版し、それがベストセラーになることを願っている」。これは、恐怖を意味しています。「わたしは有名になりたい」ーーこれは、世界で最も子供っぽいことですねーー「わたしは有名になりたいが、もう、誰かがわたしよりずっと有名になっている」。

このように、わたしは失うかもしれない、得るかもしれない、孤独かもしれない、という思考があります。このように、思考は恐怖の要素の一つです。わたしは友人たちと、妻と、子どもたちとうまくやっているが、しかし、絶望的な孤独感も経験している。それを、ご存じではありませんか?深い、怖ろしい孤独感です。そして、わたしは怯えている。みなさんは孤独を探究したことがおありですか?なぜ、それは起こるのでしょう?みなさんには、この孤独感はありませんか?わたしは何か異常なことを言っていますか?皆さんは全員聖人にちがいないですね!
posted by 無来 龍 at 10:07| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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