2021年03月22日

追加ーーー『キッチン日記』

KIMG0063.JPG『キッチン日記 The Kitchen Chronicles(キッチン クロニクル) 』 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ (著者マイケル・クローネン。翻訳者高橋重敏(クリシュナムルティ・センター主宰)。1999年コスモス・ライブラリー発行)より。





訳者あとがき(抜粋)

…………「実は今度本を書いたのです。キッチン クロニクル(キッチン日記)というのですが、別題を『J・クリシュナムルティとの1001回のランチ』としました。主として彼のランチの際の会食客へ対する様々な彼の話が中心なのですが、何とかこの本を日本語に翻訳して日本で出版出来るように手配して頂けないでしょうか」

「その本は何処で手に入れられますか?」

「財団のマーク・リーさんに連絡してみて下さい。ところであなたは何日までそこに逗留しているのですか。私は今日はロスアンジェルスに用があるので一日中いないのですが、明日お時間があったら是非お目にかかっていろいろお話したいのです」

生憎と私はその日夕方にはオハイ(オーハイ)を引き上げる予定だったのでその旨を伝え、電話での会話は打ち切りになった。


私はその日の午後、時間を作って財団の事務所を訪れ、クローネンに依頼された彼の著者を手渡された。ズシリと重量感のあるその本は三百頁を越していた。これは大仕事だというのが私の直感だった。翻訳したらゆうに四百頁は越すだろう。そういう厚手の本を、しかも全く無名の著者の本の出版を引き受けてくれる出版社など不況に悩む日本国内にあるだろうか。少しばかりペッシミスティックな気持ちになって帰国した私だったが、肝心の本はそのまま本棚にしまい込んだままだった。

そんな私の尻を叩くようにクローネンから私のオフィス宛に長いファクスが送られてきた。翻訳と出版を引き受けて貰えると信じ込んでいる彼の喜びが紙面におどっているような文面だった。その情熱は私の重い腰を持ち上げずにはおかなかった。雑務に追われながら、私は意を決して彼の本を読み始めた。


ところがである。この「キッチン クロニクル」は予想に反して大変興味深かった。文字を追っていた私の眉の皺(しわ)はいつの間にか伸びきっていて、心はすっかり中身の面白さにのめり込んでいた。

正直に言うとクリシュナムルティの本はどれもこれもが例外なく難解だという定評がある。彼が自分で書いたもの、講話の内容をまとめたもの、など今まで刊行されたものは百冊をゆうに越す、その全てが英語で発表されたものであり、使用された英語のボキャブラリー(用語範囲)には難しい専門語など一切含まれていない。文体も正確だし、論旨の進め方も極めて理詰めである。それでいて容易に読解出来ないのだ。文字の意味は理解しても文章の解読に頭がついていかないのである。これが翻訳本となると翻訳そのものの巧拙(こうせつ・うまい下手)度が加算されるので晦渋度(かいじゅうど・文章が難しくて意味がよくわからないこと。その度合い)は更に原書を上回ることになる。

恐らく、理解、知識、欲望、自由、条件づけ、関係、気付き、選択、観察、洞察、二重性、意識、心、頭脳、自我、などという言葉に彼独自の解釈が附加されていること、なども難解の原因になっていると言える。そしてまた、神、聖者、グル、生、死、宗教、真理、瞑想、神、愛などに対する彼の考え方も今まで他の誰からも聞いたことのない解釈がふんだんに盛り込まれているのである。

しかし、腰を下ろして落ち着いて読めば、決して理解し難いこともないし、その独特の解釈にこそ、他のどんな学者や聖者からも学べなかった比類のない新鮮さが溢れているのを発見できるのだが、そこまで忍耐強い読者が中々にいないのもまた当たり前のことかも知れない。したがって、彼の教えが難解だという定評があるのもうなずけるというものだ。

こういう教義を述べるクリシュナムルティという人物が、重厚で生真面目だけの聖者ぶった堅物でないことは、彼のビデオを見ていて、時々洩らす無心な笑顔にもよく現れているのだが、「キッチン クロニクル」は正に彼のジョークに富んだ明るい一面をあますところなく伝えてくれるのに大きな役割を果たしているのだ。


クローネンは高校を卒業後すぐアメリカに移住したが、若い頃からいろいろな宗教に関心を持っていた。たまたまクリシュナムルティに関する本を読み、彼の論旨にひどく興味を覚えた後、インドのマドラスで彼の講話を聞いた瞬間から完全に彼の虜(とりこ)になってしまった。

ナチスのヒトラーと同人種であることから、何か世間に対して一種の劣等感を意識していた彼は真剣になって心の安定を求めていたからかも知れない。彼は何人かの同僚と共にクリシュナムルティの講話のスケジュール通りに世界各国をまわって教えの真髄(しんずい)を探り出そうと躍起(やっき)になった。そして出来るだけクリシュナムルティの身辺にいたかったのでオハイ(オーハイ)の財団が学校新設のための人手を募集したとき、イの一番に応募したのである。

そして採用されて定められた彼の職務は学校関係の食堂の料理人だった。料理には全くズブの素人だった彼がその任務に懸命に励んだのもすべてクリシュナムルティとの関係をより親密なものにしたいという彼の熱望のせいだった。クリシュナムルティに対する彼の惚れ込みが判るというものだ。そしてその後十数年間もクリシュナムルティがオハイに滞在している間、ずっと彼と彼の客達の料理を作り、殊に会食会では彼自身も食事のお相伴にあずかったのである。

食事の前後や食事の合間に、クリシュナムルティと毎日入り変わり立ち替わり訪れる客達との間にいろいろな会話が交わされたのだが、それを傾聴するのが彼の最大の生き甲斐だったのだ。彼は彼自身も参加したその会話の詳報、特にクリシュナムルティの自由奔放な発言を逐一録音したり、書き留めておいたようで、この本の主題となっているのはそうした会話やクリシュナムルティ自身のあからさまな感想録なのである。…………





posted by 無来 龍 at 10:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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