2023年09月18日

何から話そうか 追伸

ーーーオハイ(峡谷)の意味は「巣」ではなく「月の谷」だったーーー



「オハイ」を「巣」と紹介したのは、クリシュナムルティの弟のニティヤだと思われる。

クリシュナムルティとニティヤは、ニティヤの結核の病気を治療するために、アメリカのカリフォルニア州のオハイにやって来る。そして、クリシュナムルティは「神秘的で霊的な体験をして、激しい痛みと意識の喪失に襲われた」。このクリシュナムルティの体験について、ニティヤはベサント夫人に手紙を書いて報告している。その中に、

…………アメリカインデアンはこの谷をオハイ、つまり巣と呼んでいました。……………

と書いた(『クリシュナムルティ・目覚めの時代』メアリー・ルティエンス著、高橋重敏訳、1988年発行株式会社めるくまーる社)。その後、この「巣」という訳は定着したようで、各書籍等で取扱われている。




私は偶然に、オハイが、アメリカインデアンのチューマッシュ族の聖地で、月を意味する言葉だと知った。つまり、オハイ峡谷とは月の谷という意味なのである。これは今でもネットで調べる事が出来ると思う。「アメリカインデアン・先住民・言葉・オーハイ(オハイ)」と打ち込めば出てくるだろう。ちなみに、「wiki jp」というところだったとメモしてある。


また『クリシュナムルティ・目覚めの時代』には、P328に、このような記述がある。

………九月二十五日に、プロセス(先のクリシュナムルティの体験を彼自身がそう呼んだ)は一時的に終末を迎えた。月があまりに明るかったのでそうなったのだ、とK(クリシュナムルティのこと)は確信していた。しかしながら、月が欠け出せばたちまちまた始まるだろうとも彼は信じていた。実際そうなり、それは今まで以上に苦痛に満ちていて、彼を完全に消耗させつづけた。…………

クリシュナムルティは月が、彼がプロセスと呼んだ現象に作用していることを自覚していたようだ。

私の発見は、もちろん、大本の筆先との関連、つまり、筆先の言う「みろく様はお月様」と、クリシュナムルティの「神がかり」の事である。



そして、まだある。

その後最愛のニティヤが亡くなり、失意のどん底にあったクリシュナムルティは、予定されていた教団の大会に出席し挨拶を始める。それは1925年12月28日、オランダでのオーメン・キャンプ(この「オーメン」という地の名称にも不当なレッテルが貼られている)でのことである。


…………朝八時からのバンヤン樹の下の最初の集会でKが話していたとき、劇的な変化が起こったのである。そのとき、彼の話は終わろうとしていた。彼は世界教師について語っていた。
「〈彼〉は、求め、欲し、渇望する人々のところにだけ訪れます。……」

その直後、彼の声音が完全に変わり、いちだんと高く響きわたった。
「そしてわたしは訪れてきた。あわれみを求め、幸福を求める者、解放されることを切望する者、あらゆるものの中に幸福を見出そうとする者たちのために。わたしは、取り壊すためではなく改革するために、破壊するためではなく創り上げるために来るのである」。

一人称への変化と声音の違いに気づいた人たちにとって、それは背筋が震えるような体験だった。…………



世界教師の到来を神智学協会において告げていたベサント夫人は、

………❲十二月二十八日の❳この出来事は、選ばれた〈※器〉の決定的な献身と……※ずっと以前に選ばれていた肉体が最終的に承認されたことを明白にしました。………いよいよおこしになるのです。………

※は、どちらもクリシュナムルティを指す。

と感激し、さらに

「けっして人間の口ではない話し方をするあの〈お声〉が、初めて、バンヤン樹の下に座っていた大衆の耳にもう一度(※)私たちの低次元な方法で響いたのです。十二月二十八日のことでした………そして私たちは、待機の時が終わったこと、地平線の上の明けの明星が昇ったことを知ったのです。」

※もう一度とあり、このときが二度目であると読める。では一度目は?と考えると、それはキリストを指しているのだと思われる。

と、『セオソフィスト』誌に書いている。


その声は何と言ったか?

「取り壊すためではなく改革するために、破壊するためではなく創り上げるために来るのである」と言った。これは明確に、大本の筆先の「たてかえ、たてなおし」ではないか。



大本の筆先に最初に出て来られる大神様は、「うしとらのこんじん」様である。この大神様は、筆先によれば「ちゅう界」に居られるようである。いわゆる「天」は宇宙であり、いわゆる「地」は地球である。天と地の「ちゅう界」に居て居られるのだから、「ちゅう」を「中」に、または「宙」としてもさしつかえないだろうと思われる。

先に宙界の大神様が日本で現われられて、お月様の光に人々を導くように筆先をわたしたちに与えられた。故に、私は、筆先の教えとクリシュナムルティさんの教えは続いていたのだと発見する。何故なら、筆先の教えるみろく様が、遠い国の月の谷に降りられて居たことを知るからである。

この追伸が、愛ある手紙の追伸になれば良いと、心からそう思います。

届け!光りの教え。
posted by 無来 龍 at 13:50| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする

2021年03月25日

終わりに

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このブログは、

○大本神諭の私解

○J・クリシュナムルティさんの本の紹介

○石渡信一郎さんの日本古代史の紹介

などを柱に、本からの書き写しと私論などを展開しています。



かっこよく言うならこのブログは、天と地の教えをしらせることが出来たと考えています。天はすなわち「みろくの教え」であり、地は「うしとらの金神の筆先」の教えであります。天と地の御先祖様の教えを、このように、まさかしらせることが出来るとは、思いもよりませんでした。



そしてここで、空海の真言密教にも少しふれておかねばなりません。空海がどんな人であったかは、このブログ記事の検索で「空海」と打ち込んでもらったら、該当の記事が見られます。空海は、この日本という古代国家が、どのようにして仏事を利用してきたかをよく知る人物です。そして、日本の仏教界に仕掛けられたマジックの発案者であります。多くを言うことは避けますが、彼が言うミロクは、大本の筆先のいう、クリシュナムルティさんが伝える教えのミロクではありません。それを見分ける目が、さて、どのようにして身に付くかは、クリシュナムルティの本を読まれるべきでしょう。ですが、私はこの空海のマジックに挑んで来た人たちがいたという事実を、ここではっきりと書いておくべきだと思います。少なくとも鎌倉時代以降、その人たちは現れています。私もこれから勉強を続けます。



私がブログを十数年前に始めたのは、「世界を変えたい」と思ったからです。

そして、中休みを充分に取りながら続けられたこのブログは、世界を変えられることを示す事が出来たと思っています。

私は、私の人生の「師」を見つける事が出来ましたし、熱心に「世界を変える」ことを日常として活動する人たちに出会う事が出来ました。これは何よりの私の宝物に違いありません。

そして、また私は一人にもどり、再び「世界を変える」御用を堂々とやり抜きたいと、今思っています。いや、もう私は一人ではなく、側には心強いパートナーがいます。

皆さん、読み続けてくれた皆さん、本当にありがとうございました。くれぐれも身体に気をつけて、しぶとく(笑)、清く、そしてかしこく、共にこの時代を生きて行きましょう。よくぞ見守っていただきました。

ありがとうございました。









posted by 無来 龍 at 10:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2021年03月24日

追加ーーー彼のジョーク

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こうした騒々しさばかりが続く最中にも、クリシュナムルティは静かにまわりに起こる事柄を黙って見守っていた。二つの超大国であるアメリカとソビエト連邦間の紛争を昼食時に話し合っていたとき、彼は突然会話に加わった。そして尋ねた。

「ひとつ冗談を言いましょうか?ある夜更け、一人の酔っぱらいがクレムリンの前の赤の広場をよろめき歩き、声を限りに叫びました。『ブレジネフは大馬鹿者だ。ブレジネフは大馬鹿者だ』と。直ちに秘密警察が数名駆けつけ、有無を言わさずこの男を捕まえて牢屋にぶちこみました。翌朝この男は裁判官の前に引き出される。そして『20年と2日間シベリアで重労働につけ』と宣告される。その男は信じ難いとばかり叫び立てる。『20年と2日だって?私は大っぴらに酒を飲んでいただけじゃないか』すると裁判官が答えるんです。『大っぴらに酒を飲んだ罪は2日、20年は国家の秘密をばらしたためだ』」

テーブルのまわりは笑いの渦だった。そして二、三人の教授たちは彼等自身の冗談を始めた。クリシュナムルティは彼等の話を聞きながらそのいくつかには腹を抱えるようにして笑った。やがてその笑いが静まって少し経ったとき、彼は別の冗談を紹介した。


「ロシア人が最初の宇宙飛行士を打ち上げたときのことを憶えていますか?彼等は帰還するとクレムリンの盛大な宴会に招待された。国の主だった幹部はブレジネフ書記長を含めて全員出席していました。ブレジネフは彼等の胸に勲章をつけたとき、低い声で言った。『後から私の自室に来なさい』彼等は言われた通りに彼に会いに出かけます。すると彼は彼等に尋ねた。『君たちが地球を離れて宇宙空間にいた時、多分長い髭をはやし、頭の周りにオーラのある老人を見たと思うのだが』宇宙飛行士たちは答える。『はい、同志書記長どの、そういう人物を確かに見ました』ブレジネフは深く首を振ってうなづいた。

『思った通りだ。ところで聞きなさい。このことは誰にも一言もしゃべるんじゃないよ。もし誰かにもらしでもしたら、シベリア行きだ。判ったね』宇宙飛行士たちは『はい、書記長どの』と賢く挨拶しました。次に彼等は東ヨーロッパの共産国を順々に旅し、イタリーを訪問しました。イタリーには強力な共産党がある。ローマ法王がこのことを知って、彼等をバチカンの盛大な晩餐会に招待し、そのあとで法王から特別の祝福を受けるために彼のもとへ招じ入れられました。

すると法王はひっそりした声で尋ねた。『私の自室に来て下さい』宇宙飛行士たちは法王の私室をみて驚嘆しました。それは古式豊かな豪華さでは彼等のボスの書記長の私室をはるかに越えていたのです。そして法王は彼等に尋ねる。『諸君が宇宙空間に舞い上がっていたとき、多分長い白い髭をはやし、頭の周りにオーラのある老人を見かけたと思うが』宇宙飛行士たちは驚いてお互いの顔を見やり、そして首を振った。

『いいえ、同志法王さま、宇宙にそんな人物は誰もいませんでした』法王は物思わしげにあごをなでました。『うん、私もそう思っていたんだ。しかし、どうか誰にもそのことは言わないでほしい』」

その話に全テーブルが楽しげな笑いに包まれた。


六日間の講習が終わったとき、その成功度についていろいろな質問があった。クリシュナムルティは厳しい懐疑調で、成し遂げようと企てたこと、つまり思考と知識の役割を根本的に新しいやり方で調べてみることが成就したとは思えないという意見を述べた。しかし台所という狭い角度では、会議は成功だった。普段は肉食をしているお客たちですら、私たちが作った徹底的な野菜の食物に愚痴をこぼす人は誰もいなかった。実際のところ、お褒めの言葉が多く、何度も調理法の問い合わせがあった。今回のことは説明の難しい料理上の洗礼だったと私は感じ取った。………………

※読みやすく、よい本でお薦めです。


posted by 無来 龍 at 10:12| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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